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灰色猫のはいねの生活

灰色猫のはいねの生活

7月

【意地悪な織り姫】

午後8時をまわった頃でしょうか。
丸尾くんは学習塾の帰りでした。
7月とはいえ、辺りはすでに暗く、街灯の光がほのかに丸尾くんを照らしています。
公園の前を通り掛かった時でした。
人の気配に振り向くと、ポニーテールの女の人が1人、立っていたのです。
こちらにはまるで気付きもしない様子なので、丸尾くんはしばらく立ち止まっていました。
その女の人はゆっくりと滑り台の1番上に上ると、首が痛くなるほどにさらに上を、夜空を見上げていました。そうして、静かに両の手を星空に向かってのばしました。
何かを願っているように、祈っているように、ずっとずっとのばしていました。

「それって、もしかして、…幽霊?」
まるちゃんが震える声で言いました。
「ばかな事を言わないで下さい。」
ぴしゃりと丸尾くんが言います。
「きちんとした人間ですよ。」
「なんでわかるのさ。」
ぶーたれてまるちゃんは言いました。
「知ってる人だったからです。」
「なーんだ。」
何となくまるちゃんとたまちゃんはがっくりと疲れてしまいました。
「近所の6つ年上のお姉さんで、小さい頃によく遊んでもらった人なんですよ。」
丸尾くんは、いつになく真剣に言いました。
「あんなことをする理由を、突き止めたいんです。」

丸尾くんの3件横ならびが、お姉さんの家でした。
次の日は日曜日だったので、お姉さんの行動を追ってみることにしたのですが、家の前にいるのは丸尾くんとたまちゃんの2人だけです。
例のごとく、まるちゃんは寝坊しているようでした。
白いラティスに囲まれたお姉さんの家は、特に隠れる場所もなく、2人は何となくうろちょろしていました。
「丸尾くん。」
玄関先から声がしました。お姉さんの声です。
「さっきからそんな所で何してるの?日射病になっちゃうじゃない。」
いらっしゃいとお姉さんは言いました。
「お父さんもお母さんも出掛けてて1人で退屈してたの。」
丸尾くんとたまちゃんに冷たいジュースを出しながら、お姉さんはにっこりと笑いました。
「丸尾くん、メガネはどうしたの?」
「あ、あああああの、コンタクトレンズなんかを入れてみたんですすすすす。」
憧れのお姉さんを前にして、思わずあがってしまう丸尾くんでした。
「メガネが無いと、小さいころの丸尾くんみたいね。」
なつかしいな、お姉さんは一瞬、遠い目をしました。
「それで、この子が丸尾くんのガールフレンドなの?」
「いっ、いいえ。クラスメートのほなみさんです。ただの通りすがりのクラスメートですっ!」
「そう?それにしてはずいぶん長い時間、一緒にいたみたいだけど。何してたの?」
2人でうろちょろしてたのはばればれでした。
「宿題なんです。虫の観察。丸尾くん、頭良いから手伝ってもらってたんです。」
たまちゃんが。気を利かして言いました。
「ふうん、丸尾くん、優しいのね。」
お姉さんの言葉に、丸尾くんが赤くなった時、玄関のチャイムが鳴りました。
「誰だろ?押し売りだったら丸尾くん、追い払ってね。」
お客さんは男の人の様でした。二言、三言、話し声が聞こえ、そうして通された人は
「丸尾くん、覚えてる?新兄さんだよ。」
「・・・・・。」
丸尾くんにはまるで覚えがありませんでした。
「やっぱり覚えてないか。」
「そうだよねえ、まだ3才くらいだったものねえ。」
ちょっぴりがっかりした様に、お兄さんもお姉さんも言いました。
「でも、びっくりしたよー。いきなり帰ってくるんだもん。」
「ま、たまには親に顔見せようと思ってな。まさかその親が可愛い息子を置いて出掛けてしまうとは思わんかったわ。」
「どこが可愛いの?」
「あっ、言ったな。」
お姉さんの話によると、更に6っ年上の近所のお兄さんで、今は東京の会社で働いているんだそうです。
「そうそう、東京の土産。雷おこしと人形焼き。」
「うわぁ。サンキュ。」
お姉さんは本当にうれしそうでした。
麦茶を飲みながら、お土産を食べ、お兄さんとお姉さんの話はつきません。
「そうそう、こんだけ人数そろったんだから久々にアレ、やろうか?」
「アレ?アレ、まだ持ってたのか?」
「もちろん!」
お姉さんが出して来たアレは人生ゲームでした。
「さあ、ルーレット回そう。」
4人でわいわい騒ぎながら、楽しい時間はあっと言う間に過ぎていきます。
「丸尾くん、すっごい。億万長者だよ。」
「お姉さんだって、1番にゴールしたじゃないですか。」
「たまちゃんは、堅実な人生だったね。」
「でもさあ、何と言っても新兄さん!」
お姉さんが言います。
「貧乏な上に子沢山でさあ、1番先に結婚したかと思ったら車に乗せきれないくらい子供出来ちゃうんだもん。」
おっかしいよねえ。
みんな笑っています。
「あのさあ。」
お兄さんが、ふと真面目な顔をして、少し照れながらお姉さんを見ました。
「俺、結婚するんだ。」
お姉さんの笑い顔が、一瞬、凍りついたのを、丸尾くんは見逃しませんでした。
「そのために帰ってきたんだけどさ、肝心の親がいなくちゃなあ。」
お兄さんの話を、果たして最後までお姉さんは聞いていたのでしょうか。

「思い出したんです。」
曇り空の帰り道、丸尾くんが言いました。
まだ、丸尾くんが本当に子供のころ、新兄さんとお姉さんと人生ゲームで遊んだのです。
1番先に結婚したお兄さんが、車に奥さんとなる駒を乗せようとしたのを、お姉さんが止めたのです。
お姉さんは自分の駒を車から引き抜き、お兄さんの車に乗せ、こう言ったのです。
-新兄さんと結婚するのは私だもん。-
お姉さんは、今頃、1人で、泣いているのでしょう。

7月7日、今年の七夕は雨でした。
どんよりと曇っていた空が、暗くなるにつれてしとしとと涙を流す様に雨が降り始めます。
塾を終えた丸尾くんが、また公園の前を通り掛かった時でした。
雨の降る中、滑り台の前に、お姉さんが傘もささずに立っていました。
「お姉さん!」
丸尾くんは慌てて駆け寄り、お姉さんに傘を差し出しました。
雨に濡れたお姉さんの顔は、泣いているようにも見えました。
「私ね、織り姫にお願いしたの。私の、大切な人に会わせて下さいって。その願いは聞き届けられたけど、会わない方が良かった…。何て意地悪な織り姫だろうと思ったけど」
お姉さんは傘を制して、雨の夜空を見上げました。
「今夜は織り姫も、彦星に会えないのね。」
丸尾くんは、再び傘を傾けながら、お姉さんは、織り姫を許したのかもしれないと思いました。

「2人とも、ひっどいよー。私も人生ゲームやりたかった!雷おこしも人形焼きも食べたかったよー。」
まるちゃんは、今日も元気です。



【あとがき】~由記~
これもありきたりなお話…かな。
7月だから七夕…織り姫と彦星と思いついて出来たお話です。
人生ゲーム、クリスマスプレゼントに買ってもらって、みんなでやったっけ。
小学校の時はあれが最高におもしろかったなぁ…。
遠い目になるお話でした(笑)


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